離婚調停、面会交流調停、そして裁判。
それらをすべて経験して、ようやく離婚が成立しました。
今でこそ「終わった」と言えますが、
その最中にいた頃は、
終わりが見える瞬間はほとんどありませんでした。
今日は、
調停や裁判を「乗り越えたから言える正解」ではなく、
その中を歩いてきた一人として、
今、同じ立場にいる方に伝えたいことを書きたいと思います。
1.「普通の離婚」と比べなくていい
調停や裁判をしていると、
「もっと大変な人がいるのではないか」
「これくらいで弱音を吐くのは甘いのではないか」
そう考えてしまうことがありました。
でも、モラハラやDVが関係する離婚は、
手続きの数や期間以上に、
消耗の質が違うと今は思います。
心を削られながら進む手続きに、
「普通の基準」を当てはめなくていい。
しんどいと感じるのは、あなたが弱いからではありません。
2.調停や裁判は、想像以上に感情を揺さぶられる
書類上では「手続き」でも、
実際は、
過去を何度も説明する
歪められた主張に向き合う
自分の言葉が通じない経験をする
そんな場面の連続でした。
冷静でいなければならない場所ほど、
心は激しく揺れます。
調停や裁判で疲れ果てるのは、
当然の反応だと思います。
3.「うまく対応できなかった日」があっても大丈夫
あとから思い返して、
「もっとこう言えばよかった」
「あの時、黙らなければよかった」
そう後悔する場面は、私にもたくさんあります。
でも今は、
その時の自分に、
それ以上の力はなかったのだと思えます。
調停や裁判の途中で、
完璧に振る舞い続ける人はいません。
うまくできなかった日があっても、
それであなたの価値や判断が否定されることはありません。
4.子どものことを考えて悩むのは、当たり前です
「子どもから父親を奪っているのではないか」
「この選択は子どものためになっているのか」
私も、何度も立ち止まりました。
でも今思うのは、
悩んでいる時点で、もう子どものことを考えているということです。
迷わず進める人だけが、
正しいわけではありません。
悩みながら選んでいるあなたは、
十分に子どもと向き合っています。
5.終わってみて初めて分かることもある
調停や裁判の最中は、
「これが終わったらどうなるのか」
正直、想像できませんでした。
離婚が成立した今、
劇的に幸せになったわけではありません。
ただ、
安心して呼吸できる時間が増えたと感じています。
それだけでも、
当時の私には想像できなかった変化でした。
6.今、答えが出なくてもいい
離婚を進めることが正解か、
続けることが正解か。
その答えは、他人には決められません。
今、判断できなくても大丈夫です。
立ち止まることも、
考え続けることも、
どちらも「進んでいない」わけではありません。
最後に
調停や裁判の途中にいると、
「自分だけが取り残されている」
そんな感覚になることがあります。
でも、確かに終わりは来ます。
それは、無理に信じなくてもいい事実です。
今はただ、
今日をやり過ごすことだけで十分な日もあります。
この文章が、
「分かっている人がどこかにいる」
そう感じるきっかけになれば幸いです。

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