*子どもを連れてモラハラDVから別居するとき、私が実際にした準備や手続き(※都度更新予定)*

「子どもを連れて別居する」という決断は、
思っていた以上にエネルギーのいるものでした。

モラハラDVの中にいると、
「今すぐ離れたほうがいいのか」
「準備が整ってからのほうがいいのか」
その判断すら難しくなっていきます。

私自身も、完璧な準備ができた状態で
家を出たわけではありません。

この記事では、
子どもを連れてモラハラDVの環境から別居する際に、
私が実際にした準備や手続きについて書いていきます。

これは専門的なアドバイスではなく、
あくまで一人の体験談ですが、
少しでも参考になる部分があれば幸いです。

当時の私は、「準備が足りないのではないか」と
何度も自分を責めていました。
でも今振り返ると、
すべてを整えてから別居するのは難しかったと感じます。

別居を考え始めた頃、
私は冷静に判断できている状態ではありませんでした。
それでも、「このままではいけない」という感覚だけは
はっきりと残っていました。

以下は私の体験です。
状況や地域によって異なる場合があります。

***別居前に準備しておいてよかったこと***
      ※思い出したら都度追加する予定です

1.信頼できる連絡先

「本当に逃げていいのか」
「これはDVなのか」
「どうしたらいいのか分からない」

そう感じていた段階で、何度も助けられたのが相談窓口でした。

DV相談ナビ
まだ確信が持てない時期に、繰り返し話を聞いてもらいました。

女性センター(市の男女共同参画)
地域の支援や制度について、落ち着いて相談できる場所でした。

私の場合は、
こちらで支援措置に関する相談や手続きについて説明を受け、
必要に応じて、こども課との連携もしていただきました。

今振り返ると、
「判断する前に、安心して話せる先があったこと」
それ自体が、準備のひとつだったように思います。

2.お金・通帳・カード

経済的な支配もあり、別居時点ではほとんどお金を持っていませんでした。

事前に調べる中で
「別居後はクレジットカードを作れないことがある」
という情報を見かけたため、可能なうちにクレジットカードを作りました。

実際、別居後は

・生活用品をそろえる
・当面の生活費をまかなう

ために、クレジットカードが命綱のような存在になりました。

また、

自分と子どもの通帳
印鑑

は必ず持ち出しました。
最低限でも、これだけは準備しておいてよかったと感じています。

3.弁護士への相談

別居を考え始めた頃、すぐに法テラスへ行くことはしませんでした。
理由は、「相性の合う、信頼できる弁護士さんにお願いしたい」と思ったからです。

まずは、法テラスも利用できる弁護士事務所の無料相談をいくつか回りました。
その際、

*調停が県をまたぐ可能性があること
*子どもを連れて別居を考えていること

をあらかじめ伝え、対応してもらえるかを確認しました。

結果的に、
「この人なら話せる」「この人に任せたい」
と思える弁護士さんに出会えたことは、その後の支えになりました。

4.子どもに関すること(学校との連携)

子どもの学校への相談は、弁護士に相談した後、
そして別居(避難)の意思が固まってから行いました。

学校には、

*別居が急な判断であること
*元夫には転校先などを知らせないでほしいこと

を伝えたところ、
「急な事情だった」という形で、
こちらの状況をくみ取った対応をしていただけました。

転校の準備も内密に進めてもらい、
転校後は学校と教育委員会が連携してくださったため、
手続き自体はとてもスムーズでした。

また、別居直後に元夫が学校へクレームを入れた際も、
弁護士を通して対応してもらえたことで、
私自身が直接やり取りせずに済みました。

5.郵便物の転送手続き

避難前に、郵便局で転出届(郵便物の転送手続き)を出しました。

どこに転送するかは迷いましたが、
安全を最優先に考え、実家を届け出先にしました。

当時は、
「避難前の住所に届く郵便物は、今は必要ない」と判断しました。

大事なのは“確実に受け取れる場所”であること。
そして、相手に知られにくいこと。

窓口で手続きをするとき、
私は担当の方に事情を簡単に説明し、相談しました。

すべてを詳しく話したわけではありませんが、
安全面を気にしていることは伝えました。

結果的に、
郵便物の行き先を整理できたことで、
「何か重要な通知が届いていないか」という不安が一つ減りました。

振り返ると、
これも小さなことのようでいて、
安心して次の手続きを進めるための大事な準備だったと思います。

6.荷物を先に送っておいたこと

別居前、元夫には
「家の不用品を整理している」
という形を取りながら、持ち出したい荷物を少しずつ実家へ送りました

送ったのは、
季節ものの服やアルバムなど、
すぐには気づかれにくいものが中心です。

ケースに入っているものは比較的目立ちにくく、
中にはダミーの物を混ぜるなどしながら、
常に緊張感を持って進めていました。

別居当日は自家用車で避難したため、
事前に送れなかった荷物を、
積めるだけ車に詰め込んで家を出ました。

7. メインとは別のスマホを用意したこと

別居前、
私はメインのスマホとは別に、もう1台スマホを用意しました。

理由は単純でした。

避難後、連絡が来ることは予想していました。
そして私は、恐怖で動揺し、冷静さを保てなくなる可能性があると分かっていました。

実際、避難後の数日間、
着信やメッセージが続きました。

通知音が鳴るたびに体が固まり、
震えて、メインのスマホを見ることができなくなりました。

そのとき、
「もう1台がある」ということが、どれだけ心を支えたか分かりません。

手続きや相談の連絡は、
事前に事情を伝えておいた機関(DV支援センターや市役所など)にだけ
その番号を共有していました。

メインのスマホを見なくても、
必要な連絡は受け取れる。

それだけで、
手続きを止めずに進めることができました。

振り返ると、
これは“実務の準備”というより、
“自分の心を守る準備”だったのだと思います。

もし可能であれば、「連絡用の番号を分ける」という選択肢も、頭の片隅に置いておいてほしいと思います。

おわりに

すべてを完璧に準備できたわけではありません。
それでも、「これだけはやっておいてよかった」と思えることが、
別居後の不安を少し支えてくれました。

※安全に配慮し、個人が特定される情報は省いています

関連する記録

住所を伏せて暮らすことには、助かったこともあれば困ったこともありました。
現実的な面も含めて、正直に書いています。

住所を伏せて暮らすという選択で、実際に困ったこと・助かったこと

避難直後の数日間、
安全な場所にいるはずなのに安心できなかったことも、
別の記事に書きました。

逃げたのに、安心できなかった数日間のこと