子どもを連れて逃げた直後の1週間で、私が実際にやったこと

逃げた直後の1週間のことは、
正直、ところどころしか覚えていません。

ただ、はっきりしているのは、
「止まらないように動き続けていた」ということです。

どこを探しても、
逃げた直後の“具体的な流れ”は見つかりませんでした。

だから今日は、あくまで私の場合ですが、
その1週間で実際に動いたことを書いておきます。

あの頃の私が、
いちばん知りたかったことです。


1. 警察への相談と連携

避難前から、警察には相談していました。

避難後は、
居住地が変わるため、
情報の引き継ぎや状況の説明が必要でした。

事情聴取のような形で話をし、
今後の安全について確認しました。

とても緊張しましたが、
ひとりで抱えなくていい、
そう思えた最初の場所でした。


2. DV支援センターへ

避難先の市役所から案内を受け、支援センターへ。

目に見える暴力ではなかったため、
自分の状況を言葉にすることがとても難しかったです。

「支援が必要な状態であること」を
きちんと伝えなければいけない。

それは想像以上にエネルギーが要りました。

でも、ここで話を聞いてもらえたことが、
後の手続きにつながりました。


3. 市役所での手続き

住まいの相談、子どもに関する手続き、そして支援措置の申し込み。
窓口をいくつも回りました。

気になっていたことのひとつが、児童手当のことでした。
当時の受取人は元夫になっており、そのままでは子どもと一緒に生活している側に届きません。

転居先の市役所で事情を説明すると、
本来は一定の手続きが必要だと教えてもらいました。

ただ、私の場合は支援措置の相談や弁護士への相談、調停を控えている状況もあり、
自治体同士が連携して対応してくれました。

制度には原則がありますが、
状況によって配慮されることもあるのだと、このとき初めて知りました。

不安なまま抱え込まず、
まずは転居先の窓口で相談すること。

それが、いちばん現実的な一歩だと感じています。

4. 教育委員会・学校への相談

子どもの生活を止めないこと。

それが最優先でした。

事情を説明し、
転校の手続きについて相談しました。

体操服や上履きなど、
細かい出費も重なります。

想像以上に、現金が必要でした。


5. 生活用品の準備

経済的に自由がない状態だったため、
手元のお金はほとんどありませんでした。

必要最低限の家具や家電、寝具を、
本当に最小限だけ揃えました。

限られた中で「普通の生活」を整えることが、
想像以上に大変なことを実感した期間でした。


6. 住まいの契約

住まいが決まり、契約へ。

保証人をお願いすること、
まとまった現金が必要なこと。

ここでも、人の力を借りました。

逃げることは、
ひとりで完結するものではありませんでした。


7. 荷物の整理と移動

安全を確保しながら、
必要な荷物を移動しました。

物よりも、
子どもの安心を優先しました。


おわりに

この1週間、
私は決して冷静ではありませんでした。

それでも、止まらないようにだけはしていました。

完璧ではなくても、
整っていなくても、
前に進むことだけはやめなかった。

もし今、動こうか迷っている方がいたら、
全部を一度に整えなくて大丈夫です。

一つずつでいいから、
安全を確保しながら、止まらないように進めばいい。

あのときの私に、
そして今の誰かに、
そう伝えたいと思っています。

関連する記録

もし、「なぜそこまでして逃げる決断をしたのか」から知りたい方は、
こちらに書いています。

働いても自由になれなかった|家庭内で広がっていった経済格差

避難後、住所を伏せて生活するための支援措置については、
別の記事でまとめています。

住所を伏せて暮らすという選択で、実際に困ったこと・助かったこと