「これはDVなのだろうか」
当時の私は、何度もそう自分に問いかけていました。
けれど同時に、
「違うかもしれない」
「大げさに考えすぎているだけかもしれない」
そんな声で、その問いを打ち消してもいました。
はっきりとした暴力があったわけではありません。
外から見れば、普通の家庭に見えていたと思います。
それでも私は、
日常の中で感じる違和感を、どうしても手放すことができませんでした。
「DVなのか分からなかった」理由のひとつは、生活の中に溶け込んでいたこと
今振り返ると、
おかしいと感じる出来事はいくつもありました。
たとえば、生活費のこと。
結婚当初は渡されていた生活費が、
子どもが生まれた頃から、夫の機嫌次第で止められるようになりました。
些細なことで不機嫌になり、
数日から、長いときには数か月、無視をされる。
その“罰”として、生活費を渡されないこともありました。
私は節約を重ねたり、
自分の貯蓄を切り崩したりしながらやりくりしていましたが、
そのたびに、こう思っていました。
「私の出来が悪いから仕方がない」
お金を渡さないこと自体よりも、
「渡してもらえない自分が悪い」と思い込んでいたのです。
子育ての場面で、違和感は少しずつ強くなっていった
子育てについても、
夫の関わり方は一貫していませんでした。
気分のいいときには子どもに関わり、
教育について意見を言うことはあっても、
病院への付き添いや手続きなど、
実質的な子育てには協力してくれません。
何かあれば、責められる。
うまくいかなかった理由は、いつも私のせいでした。
さらに、
子どもが思い通りにならないときには、
「お仕置き」と称して、子どもの気持ちを踏みにじるような行為もありました。
大切にしているおもちゃを目の前で捨てる。
楽しみにしていた誕生日プレゼントを突然取りやめる。
続けていた習い事を、理由もなく辞めさせる。
それを止められなかった自分を、
今でも思い出すと胸が苦しくなります。
けれど当時は、
「口出しすれば、もっと事態が悪くなる」
そんな空気の中で、あまり強く言うこともできませんでした。
「これはDVなのか?」と判断できなかった決定的な理由
殴られたわけではない。
外では普通に振る舞っている。
家事も育児も、表向きは「できている家庭」に見えている。
だから私は、
「これはDVなのか?」という問いに、はっきり答えを出せずにいました。
ある時、生活の不安から、外で働きたいと相談したことがあります。
その代わり、少しだけ子どものことを手伝ってほしいと伝えました。
返ってきたのは、
「パートとでは責任が違うよね?」
「俺と同じだけ稼いできてから言って。」
「家のことを今まで通りやって、俺に負担かけないなら、行けば?」
という言葉でした。
働くことを否定されたわけではありません。
でも、“条件付きの許可”のようでした。
私は対等に相談したつもりでした。
けれど、いつの間にか
審査される側になっていました。
その感覚を、私は忘れられませんでした。
けれど同時に、
「私が気にしすぎなのかもしれない」
そうやって、自分の感覚を打ち消してしまったのも事実です。
今なら分かること
当時の私は、
「DVかどうか」を判断しようとしていました。
でも本当は、
もっとシンプルな視点でよかったのだと思います。
自分は、大切に扱われているか。
子どもは、安心して過ごせているか。
違和感は、
大きな事件としてではなく、
日常の中に静かに積み重なっていました。
それを「気のせい」「我慢が足りないだけ」と
自分に言い聞かせ続けていたこと自体が、
すでに限界のサインだったのだと、
今になって思います。
おわりに
「これはDVなのか分からない」
そう感じている時点で、
その人はすでに、何かを無理に抱えているのかもしれません。
もし今、
同じような違和感の中にいる方がいたら、
「こういう感じ方もある」という一例として、
この記録が何かの参考になれば幸いです。
もし今、「気のせいかもしれない」と思いながらも違和感が消えないなら、
私が少しずつ外の世界から切り離されていった感覚についても、読んでみてください。
▶ 外の世界から切り離されていった感覚

