避難当日の記憶


本当に、ここまでしなければいけないのだろうか。
誰にも相談せずに、こんな決断をしていいのだろうか。
これで、相手をさらに怒らせてしまわないだろうか。

不安を抱えながら。

それでも、逃げると決めました。


夫を送り出した直後から

元夫を仕事に送り出した直後、
私は一気に動き出しました。

荷物は、事前にチェックリストを作っていました。
段ボールも倉庫に隠してありました。

でも、いざその時になると、
手だけではなく体全体が震えました。

吐き気が止まらず、
実際に吐きながら、荷物を詰めました。

元夫は職種上、急に帰宅することがありました。
「今、帰ってきたら終わりだ」

その緊迫感の中での荷造りでした。


思ったより車に入らない

詰められるだけ車に詰めました。
でも、思ったより入らない。

持っていけるものと、置いていくもの。

「これは置いていくのか」と、
一瞬迷うたびに、時間が削られていきました。

ハンドルを握った瞬間、
心臓が激しく鼓動を打ちました。

運転しながら、
“もう戻れない”と実感しました。


置き手紙を残した理由

私は置き手紙を残しました。

捜索願を出そうとされたり、
知人に連絡をされたりして
周囲に迷惑がかからないように。

探さないでほしいこと。
弁護士を通して連絡してほしいこと。

感情ではなく、事務的に書きました。


警察との連携

事前に警察へ相談していました。

避難当日、出発の連絡を入れると、
県外に出るまで警戒体制を取ってくれました。

県外に出た後も連絡。
避難先の警察へも情報連携。

「何かあればすぐ来ます」

その言葉だけが、
少しだけ背中を支えてくれました。


弁護士への連絡

弁護士とも事前に契約していました。

県外に出てすぐ、
「今、出ました」と連絡。

その後、元夫宛に内容証明が送られる流れでした。

とにかく早く、
第三者に間に入ってほしかった。


子どもに伝えた日

子どもには、避難の約10日前に伝えました。

本当は、もっと時間をあげたかった。
でも秘密裏に進めなければならなかった。

子どもに判断の負担はかけたくありませんでした。

「離れて暮らすことになるよ。でも、ずっとママと一緒。
考えることはママの仕事だから、あなたは心配しなくていい」

そう伝えました。

「ここにいたいなら、ママもいるよ」とも言いました。

子どもは、少し間を置いて、
力強く「ママと行く」と言いました。


前日と、当日の朝

前日、「明日の朝出発だよ」と伝えました。

当日は、
「この箱に持っていきたいものを入れてね」と言いました。

好きなおもちゃを選ぶ姿が、
胸に刺さりました。


車の中で

最初は明るく話していました。

でも、申し訳なさと、少しの安堵が混ざって、
涙が止まらなくなりました。

それを見た子どもも、
「友達に会えなくなるの寂しい」と言いました。

車を止めて、
二人でたくさん泣きました。

私はずっと、自分を責めていました。


避難先の夜

宿泊先に着いた瞬間、
少しだけ安心しました。

でもすぐに、
不安と恐怖が押し寄せました。

夫からの着信。
その音だけで体が震えました。

眠れない夜でした。


あの日、必要だったのは

勇気ではありませんでした。

完璧な準備でもありませんでした。

ただ、
「子どもを守る」という一点でした。

避難当日は、
ドラマのような決断の日ではありません。

震えながら、吐きながら、
それでも前に進む日でした。


これから避難を考えているあなたへ

もし今、
避難しようか迷っているなら。

きっと、怖いと思います。
本当にここまでしなくていいのではないかと、何度も自分に問いかけているかもしれません。

私も、そうでした。

震えながら荷物を詰め、
不安を抱えたまま車を運転し、
子どもの涙を見て、自分を責めました。

それでも、あの日の選択は間違いではなかったと、今は言えます。

避難は、勇敢な人がするものではありません。
限界まで我慢してしまった人が、ようやく選ぶものです。

完璧でなくていい。
強くなくていい。

準備が足りないと感じても、
怖くて当然です。

それでも――
あなたと、あなたの大切な人の安全が最優先です。

あの日の私のように、
震えながらでも前に進む人がいることを、どうか忘れないでください。

あなたは、一人ではありません。


関連する記録

あの日が終わっても、安心はすぐには訪れませんでした。
避難直後の1週間については、こちらに書いています。

▶︎【子どもを連れて逃げた直後の1週間で、私が実際にやったこと

逃げたのに、なぜか安心できなかった数日間のことも、別の記事に残しています。
▶︎【逃げたのに、安心できなかった数日間のこと