避難してからしばらくの間、
私の不安は、自分のことよりも子どものことでした。
環境が変わったこと。
父親と離れたこと。
これでよかったのかという迷い。
けれど、子どもの様子は、
私の想像よりも正直でした。
1. 同居中、子どもに起きていたこと
同居中、子どもは父親の顔色をうかがっていました。
機嫌を損ねないように振る舞う。
怒られないように先回りする。
気に入らないことがあると、
冷たくされたり、無視されたり。
目に見える暴力だけではなく、
空気そのものが緊張していました。
夜になると不安定になり、
眠りが浅くなったり、夜中に起きてしまったりすることもありました。
当時の私は、
「環境のせい」「成長過程の一時的なもの」
そう思おうとしていた部分もあったと思います。
2. 別居後、一度よくなったように見えた
別居してしばらくは、
少し落ち着いたように見えました。
けれど、調停や面会交流の話が出ると、
再び不安定になることがありました。
子どもは、言葉にしなくても、
状況を感じ取っていたのだと思います。
後に知った子どもの本音は、
私の想像以上に冷静でした。
怖かったことも、
理不尽だったことも、
ちゃんと理解していた。
そして、「会いたくない」と思っていた。
私は守れていたのか。
それとも遅かったのか。
いろいろな感情が込み上げました。
3. 持ち出したものの優先順位
避難するとき、
私の荷物よりも、子どものものを優先しました。
お気に入りのおもちゃ。
安心できる服。
いつも使っていた身の回りのもの。
環境が変わるなら、
せめて“感覚”は変えたくなかった。
それは小さなことですが、
子どもにとっては大きなことだったと思います。
4. 働き方を選び直す
私は当時、外で働いていました。
けれど、子どもの側にいてあげたいという気持ちが強くなりました。
すぐに答えは出ませんでした。
現実的な不安もありました。
収入。生活。将来。
遠回りをしながら、
少しずつ在宅でできる仕事を探し、
スキルを身につけていきました。
時間はかかりましたが、
今は以前より安定した収入を得られています。
贅沢はできません。
でも、親子で穏やかに笑える時間があります。
5. 子どもは、ちゃんと見ていた
後から振り返って思うのは、
子どもはすべて見ていた、ということです。
守ろうとしていたことも。
理不尽な空気も。
だからこそ、
私はこれからも「選ぶ」側でいたいと思いました。
怖くても。迷っても。
あのときの選択が、
今の笑顔につながっていると信じたいからです。
そして私は、「自分で選ぶ」ということを、もう一度やり直すことになります。
→【自分で選ぶことを、もう一度取り戻すまで】

