避難して、鍵のかかる部屋に入ったはずなのに、
私はまったく安心できませんでした。
「もう大丈夫」と言われても、
身体はそれを信じてくれませんでした。
震えが止まらず、
心臓の音ばかりが大きく聞こえていました。
安全な場所にいるはずなのに、
見つかるかもしれない、という感覚が消えなかったのです。
1. 震えが止まらなかった
避難してから数日間、
理由もなく身体が震えていました。
寒いわけではないのに、
自分の意思とは関係なく震えが続く。
今思えば、
緊張が一気にほどけた反動だったのかもしれません。
でも当時は、
「これからどうなるんだろう」という不安しかありませんでした。
2. 何度も確認してしまう
スマートフォンのGPS設定。
位置情報の共有。
見覚えのない通知。
何度も何度も確認しました。
相手は執念深い性格でした。
探偵を雇うかもしれない、と本気で思っていました。
窓の外を見るたびに、
「近くにいるのではないか」と想像してしまう。
そして避難後もしばらくは、
着信が絶えませんでした。
画面に表示される名前だけで、
心臓が強く跳ねました。
距離は離れているのに、
存在だけはすぐ近くに感じていました。
3. 子どもと決めた“合言葉”
子どもも、父親に対する恐怖心を持っていました。
もし遠くで見かけたら。
もし偶然出くわしたら。
そういう“もしも”を想定して、
合言葉を決めました。
合言葉を言ったら、その場を離れる。
そんな約束をすること自体が、
本当はおかしいのかもしれません。
それでも私は、
「守る準備をしている」という感覚がほしかったのだと思います。
4. 少しだけ安心できたこと
避難の翌日、
連携してもらっていた警察署に相談に行きました。
110番登録をしてもらい、
万が一接触の可能性があれば警戒してもらえるようにしました。
劇的に安心したわけではありません。
でも、
「一人ではない」と思えたことは大きかったです。
5. 安全と安心は、別のものだった
あのとき私は、
安全な場所にいました。
でも、安心はしていませんでした。
安全は、環境がつくるもの。
安心は、時間が育てるもの。
それを知るまで、
少し時間がかかりました。
もし今、
逃げたばかりで落ち着かない方がいたら。
それは弱さではなく、
身体が必死に生き延びようとしている証拠なのだと思います。
関連する記録
避難直後に実際に動いた手続きについては、こちらにまとめています。
→【逃げた直後の1週間でやったこと】
避難後の子どもの変化や、私が働き方を選び直したことについては、こちらにまとめています。
→【子どもの変化と、私が選んだ働き方】

