働いても自由になれなかった|家庭内で広がっていった経済格差

働くことを止められていた理由

生活が苦しくなり、
「外で働いた方がいいのでは」と相談したことがあります。

返ってきたのは、
協力的な言葉ではありませんでした。

  • 母親失格だと言われたこと
  • 家事をサボりたいだけだろと言われたこと
  • 「そんな端金に意味はない」と否定されたこと

家庭のことを理由に、
私だけが責められました。

今思えば、
働くこと自体を嫌がられていたのだと思います。

けれど当時の私は、
「家庭を優先すべきなのかな」
「私の考えが甘いのかな」
そう思い込もうとしていました。


働き始めても、状況は好転しなかった

別居する前の約1年ほど、
私はパートで働いていました。

やっと外に出られた、
やっと少し自分で稼げる。
そう思っていたのですが、
実際に待っていたのは、自由ではなく、
さらに苦しくなる現実でした。

夫の意向で、
生活費は折半する形になり、

  • 家のローン
  • 光熱費
  • 夫の車のローンや保険
  • 子どもの生活費や習い事

これらを、
私のパート代から支払うようになっていきました。

「働いているのに、全然足りない」
「なのに、苦しい理由をうまく説明できない」

家庭の中で、
明らかな経済格差が生まれていました。


「働いているのに苦しい」という違和感

働けば自由になれると思っていました。
けれど、
お金を使う自由はありませんでした。

私と子どもは節約を強いられ、
子どもに我慢をさせる場面が増えていきました。

子どもの可能性を大切にしたいと思いながらも、
続けさせてあげられた習い事、
諦めさせてしまった習い事がありました。

一方で、
夫は経済的な主導権を持ったままでした。

お金の話をすると、
「折半なんだから公平だろう」
そう言われて、言葉を失いました。

  • 服や靴をまとめて買う
  • 車やバイクを購入する
  • 日用品も高価なものを選ぶ
  • 頻繁に外食、または デリバリーを自分の分だけ頼み、子どもの横で食べる

同じ家に住んでいるのに、
同じ家族なのに、
生活の基準がまるで違う。

その光景を見ながら、
これは本当に“折半”なのだろうか
という疑問が、
心の中で大きくなっていきました。


後から分かった「経済的DV」という正体

離れてからようやく、
これが経済的DVだったのだと気づきました。

  • 働かせない、あるいは制限する
  • 働いても、お金を自由に使わせない
  • 生活の責任だけを押し付ける

それは「管理」ではなく、
支配の形でした。

そして、
「そう思わされていたこと」自体が、
支配の一部だったのだと、
今は思います。


おわりに|同じ違和感を抱えている人へ

もし今、

「説明できないけど苦しい」
「働いているのに自由がない」

そんな感覚を抱えている人がいたら。

それは、
あなたの努力が足りないからではありません。

数字でうまく説明できなくても、
言葉にできなくても、
違和感を覚える感覚は、とても大切なサインです。

この記録が、
誰かが自分の状況を見つめ直す
ひとつのきっかけになればと思っています。

それでも当時の私は、すぐに別居を決められたわけではありませんでした。
あのとき、実は“すぐに考えなくてよかったこと”があります。

別居を決めたとき、すぐに考えなくてよかったこと