住所を伏せて暮らすという選択で、実際に困ったこと・助かったこと

住所を伏せて暮らす、という選択は、
多くの人にとって現実味のないものかもしれません。

私自身も、モラハラDVから子どもを連れて別居・避難するまでは、
「住所を隠して生活する」という状況を、具体的に想像できていませんでした。

けれど結果的に私は、
住民票の閲覧制限などの支援措置を利用しながら、
住所を伏せて生活することを選びました。

この記事では、
その中で実際に困ったことと、
一方で助かったと感じたことについて、
体験をもとに書いていきます。

これはあくまで一例で、
状況や地域によって異なる点も多いと思いますが、
同じ立場に置かれた方が、少し先を想像する材料になればと思います。

*住所を伏せて暮らす中で、実際に困ったこと✳︎

行政手続きの制限が想像以上に多かった

住所を伏せる支援措置を利用している間、
行政サービスの利用にはさまざまな制限がありました。

たとえば、住民票の取得
市の本庁でしかできず、
支所やコンビニの交付機は利用できませんでした。

必要なタイミングで気軽に取れるものではなく、
仕事との調整が必要になる場面も多かったです。

手続きのたびに時間と説明が必要だった

支援措置を受けていることで、
通常とは異なる手続きが必要になることも少なくありませんでした。

そのたびに、

なぜ通常の方法が使えないのか
どの制度を利用しているのか

を説明する必要があり、
正直、精神的な負担を感じることもありました。

マイナンバー・医療関係での不安

子どもの受診履歴などから、
居場所が特定される可能性を考え、
当時はマイナンバーカードを作ることができませんでした
(※現在は設定で回避できる仕組みがあるようです)。

また、マイナ保険証についても、
安全面への不安が拭えず利用せず、
会社の専門部署に事情を説明して、
社会保険の資格証明書を発行してもらいました。

今でも不安が完全になくなったわけではなく、
マイナンバーカードは作っていません。

支援措置の更新が毎年必要だった

住所を伏せる支援措置は、
一度手続きをすれば終わりではありません。

毎年更新が必要で、
相談機関が「継続が必要」と判断しなければ、
措置は解除されてしまいます。

更新のたびに現状を説明し、
仕事を休んで窓口へ行く必要があることもありました。

離婚手続きでの自治体間の調整

離婚時、私は結婚当時とは別の県に住んでいました。

戸籍に「受理地」が記載されることなど、
さまざまな懸念を考慮し、
離婚前に住んでいた市役所へ書類を送付して
手続きを行う方法を選びました。

その結果、
裁判で離婚が確定してから、
実際に離婚が受理されるまでには時間がかかりました。

*住所を伏せて暮らす中で、実際に助かったこと✳︎

情報が守られる仕組みが用意されていたこと

不便さや制限の多い暮らしではありましたが、
「守られている」と実感できた場面もありました。

そのひとつが、年金番号の秘匿対応です。

基礎年金番号については、
通常の番号とは別に、秘匿専用の番号を発行してもらいました。

この番号に紐づく年金記録は、
たとえ委任状があっても、
第三者が確認することはできません

手続き自体は決して簡単ではなく、
支援措置を受けていることの証明や、
支援機関からの書類提出が必要でした。

それでも、
「簡単には情報にたどり着けない仕組みになっている」
という事実は、当時の私にとって
大きな精神的支えでした。

窓口で、事情を理解してくれる人がいたこと

離婚手続きや支援措置の更新など、
何度も市役所や関係機関とやり取りをしました。

すべてがスムーズだったわけではありませんが、
こちらの事情を理解しようとし、
丁寧に対応してくれる方々がいたことには、
何度も救われました。

制度そのものだけでなく、
それを運用する「人」に助けられたと感じています。

おわりに

住所を伏せて暮らす選択は、
決して楽なものではありませんでした。

今でも、
「これが正解だった」と
はっきり言い切れるわけではありません。

それでも、
あのとき安全を優先したからこそ、
今の生活があります。

もし今、同じように迷っている方がいたら、
「こういう現実もある」という一例として、
この記録がそっと届けばいいなと思います。

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「そもそも、ここまでして離れる必要があったのか」
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